化学触媒の電子構造を探る
ーマックスプランク研究所(ドイツ)での事例ー
ドイツのマックスプランク化学エネルギー変 換研究所 (Max Planck Institute for Che- mical Energy Conversion) 、セレナ・デ ビア教授の研究グループは、X線発光分光 法の新規開発の方法をリードしています。触 媒研究プログラムを推し進めるため、同グ ループでは現在、所内のExcillum MetalJet X線源をベースにしたX線発光分光装置を 使って数多くの実験を行っています。
研究責任者
教授 博士セレーナ・デビア
研究所
マックスプランク化学エネルギー 変換研究所、ドイツ
方法
X線発光分光法
応用分野
化学触媒研究
機器設計責任者
博士ヴォルフガング・マルツァー 教授 博士 ビルギット・カンギーサー
⎾私たち自身の装置では、これまでのシンクロトロンでの 測定より低い2.3 keVからの分散型X線放射を所内で 測定することが可能です。これにより、エネルギーの 利用可能範囲が格段に広がります。また、従来は年に数 週間しか測定できませんでしたが、この装置はもちろん 365日利用可能です。このため、探索的な研究をどれだ けできるか、アイデアをどれだけ試すことができるか、 などが大きく変わってきます。」

教授 博士セレーナ・デビア
この新しい実験室用分光器は、ベルリン工科大学のビルギット・ カンギーサー氏の研究グループの一部である技術開発チーム (BLiX) が、化学研究におけるX線発光分光法 (XES) の可能性を さらに引き出すために設計したものです。この装置は、一つに は、MetalJet光源のユニークな高輝度と微小焦点により、従来よ り広範な元素のハイスループット実験を可能にしています。

教授 博士セレーナ・デビア氏 (中央) と同僚のクリス・ファイク氏、イボンヌ・ブランデンブルガー氏、実験室の新しい分光機の前で。
アクセスと柔軟性の向上
実験室規模の光源が利用できるようにな るまでは、チームはアクセスの制限され ていたシンクロトロンで相当数のX線発光 実験を行っていました。「しかしその場 合でも、主に比較的高いエネルギー領域 でXES測定を常に走査モードで行ってい
ました。」とセレーナ先生は説明しまし た。「私たち自身の装置により、2.3 keV からの分散型X線発光測定を所内で行うこ とができます。これは、いままでのシン クロトロンでの測定よりも低い値となり ました。これにより、エネルギーの利用 可能範囲が格段に広がります。また、従 来は年に数週間しか利用できませんでし
たが、この装置はもちろん365日利用 可能です。このため、探索的な研究や アイデアを試すことができる機会が大 きく変わってきます。」

MPI CECでの装置内部 – 分散素子として高度にアニールした高配向性熱分解黒鉛(HAPG)を使用したvon Hamosのフルシリンダー光学系を示す。画像の右奥には、MetalJet D2+に接続されたポリキャピラリー光学部品が見えます2。
この装置は、研究のワークフローの改善や、現在の研究分野にさらに適した装置の調整を可能にする柔軟性を研究室にもたらします。セレーナ先生は、「シンクロトロンほどの強度でないとはいえ、サンプルの事前スクリーニングのためだけに使うこともあります」と語りました。「しかし、私たちのカルシウム発光の論文1と同じく、実験をすべて所内の光源だ けで行ったこともあります。同程度以上 の実験が可能なシンクロトロンでの測定 装置は、現時点でまだ存在しません。」
彼女が引用したInorganic Chemistry誌 に最近発表された研究では、コアバレ ンスXESを用いてカルシウム化合物の 電子構造を調べていました。この方法で は、他の手法で得られる幾何学的情報を 補完する新たな知見が得られました。
新しいX線装置の開発
6年ほど前、セレーナ先生は新しいマイクロフォーカスX線源を探していた際にExcillum MetalJetの存在を知りました。ある装置メーカーはMetalJetを含む装置を提供できましたが、この光学系の組み合わせは彼女の用途には理想的なものではありませんでした。BLiX技術開発チームはExcillum社が行った実験と改良を踏まえて他の集光オプションを評価し、MetalJetとの組み合わせに最適な光学系を見出すことができました。「Excillum社が新たな科学用途に興味を持ってくれたことは、私たちにはとても嬉しいことでした」とセレーナ先生は語りました。「彼らは光学系の観点から様々な方策を積極的に模索してくれたため、装置の設計段階ではとても助かりました」。
. . .ある場合では、私たちのカルシウム発光論文のように、すべての実験は、所内の光源だけを使って実験を行われました。同様な実験が可能な優れたシンクロトロンは、現時点でまだ存在しません。」
教授 博士セレーナ・デビア
彼女は自分の分野の新しい研究における MetalJetの可能性を尋ねられた際、以 下のように答えています:「これは実に 画期的だと思います。以前使っていた試 作機は分解能を決定する重要な要素であ る微小な焦点サイズが優れていました。 しかし、実際に触媒系を測定するには 比較的高い光子束が要求されます。つまり輝度の高い光源が必要です。この 組み合わせは、全スペクトルを1回で測 定する時間分解実験を行う上で重要で す。そのためには、30ミクロン程度の 比較的タイトな焦点で、可能な限り高い 光束が必要です。」
セレーナ先生は、このX線源の利点をさら に多くの機会で活用するためには、より 感度の高い新しい検出方法の開発が必要で あると述べています。「興味深いのは、た とえ希薄試料に対しても、MetalJetそれ自 身は実験に必要なものを多くの点ですべて 兼ね備えていることです。現在、装置面で 大きな改善が必要なのは実のところ検出側 です。大半のX線分光法実験で問題になる のは、私たちが1%をはるかに下回る立体 角の検出しかできないことです。これが改 善できれば、MetalJetの応用範囲はほぼ無 限に広がると思います」。
所内での研究の可能性を広げる
もうひとつの面白い可能性は、小角X線 散乱 (SAXS) 、トモグラフィーや、回折 と分光法などの複数のX線分析法を所内の
ひとつのセットアップのなかで組み合わ せることです、と彼女は加えました。セ レーナ先生は、「MetalJetはまさにこの 目的に適います」と述べました。「これ らを組み合わせる手法はある程度シンク ロトロンでは行われていますが、所内で はあまり見たことがありません。なぜな ら、シンクロトロンのビームラインがま すます専門化するにつれ、より良いアク セスと自分のニーズに合うセットアップ のいずれのためにも、独自のセットアッ プを持つメリットは数多くあります。だ からこそ、例えば、私は、装置と一体化 したグローブボックスを持っています。 これはシンクロトロンでは出来なかった ことです。私は繊細なサンプルを多く 扱っているため、研究に合わせてカスタ マイズできる点がとても気に入っていま す。」
このチームの研究所における取り組みの究 極の目的は、エネルギー変換プロセスの基 礎研究を行い、地球上に豊富に存在する触 媒を使って化学結合を最も効率的に切断 あるいは結合する方法を理解することで す。最先端のX線分光法は、今後もこの研 究目的の中核になり続けるでしょう。
Excillum MetalJetは]実に画期的だと思います。以前使っていた試作機は分解能を決定する 重要な要素である微小な焦点サイズが優れていました。しかし、実際に触媒系を測定するに は比較的高い光子束も必要であり、つまり輝度の高い光源が必要です。この組み合わせは、 全スペクトルを1回で検出できる時間分解実験を行う上で非常に重要です。」
教授 博士セレーナ・デビア
「私たちのエネルギーの未来を考えるな らば、エネルギーの効率的放出方法を 知っていれば、エネルギーを輸送し貯蔵 する最良の方法の一つは化学結合の形で あると考えています。」とセレーナ先生 は、語りました。だからこそ、私は触媒 の研究に興味があるのです。私たちのグ ループは、これらの機能を原子レベルで 理解するために、分光学的な手法に注力 しています。この知識は、より優れた触 媒の設計に貢献することができるという 考えです。」
1Malzer, W et al, “A laboratory spectrometer for high throughput X-ray emission spectroscopy in catalysis research”, Rev. Sci. Instrum. 89, 113111 (2018); https://doi.org/10.1063/1.5035171